七世紀の日本書紀の巻分類の事例 I.
天文月報 104巻, 343 - 353, 2011 (谷川清隆, 渡辺瑞穂子)


『日本書紀』(『書紀』と略す)は現存する最古の公式の歴史書である. 西暦720年に編纂された. 30巻からなり, 神話時代から七世紀の終わりまでの 日本の歴史を記述する. 『書紀』のまじめな研究は17世紀に始まった. だが, 誰が書きはじめたのか, どのように書かれたのかはいまだに謎のまま である。
この疑問を解決し日本の古代史を理解するために、『書紀』の内容を解析する 試みが行われている. その試みのひとつが, さまざまな基準を用いて『書紀』 巻を分類することである。これは1930年代から日本語学者や文学者によって 始められた. 1960年代初期までに, 『書紀』の巻は以下のように群に分類 された。
(1) 巻1と巻2;
(2) 巻3から巻13まで;
(3) 巻14から巻19まで;
(4) 巻20と巻21;
(5) 巻22と巻23;
(6) 巻34から巻27まで;
(7) 巻28と巻29;
(8) 巻30.
分類の判定基準は, 語の用法, 用語, 書き方, 個々の歴史記録, ほかである。 多数の研究者がこの分類に貢献してきた。名前を何人か挙げると, 永田吉太郎, 原田敏明, 鴻巣隼雄, 太田善麿, 西宮一民, 榎本福寿らである。 後に, 森博達は, 中国語と日本語を橋渡しする音韻学で巻分類を行った。 すなわち, 日本語がどのように中国語で表現されるかを調べた。彼の分類 では
(β群) 巻1から巻13まで;
(α群) 巻14から巻21まで;
(β群) 巻22と巻23;
(α群) 巻24から巻27まで;
(β群) 巻28と巻29; および
(α群でもβ群でもない) 巻30.
2008年に, 谷川・相馬は, 『書紀』の七世紀の天文記録を調べ, 日本において天文学が七世紀に始まったことを確立するとともに, 観測が特定の巻に限られることを発見した。すなわち,
巻22と巻23では観測;
巻24から巻27までは観測なし;
巻28と巻29では観測; そして
巻30では日食予測.
上に挙げた3種類の『書紀』分類が七世紀において一致することは, いままで想定されていたよりも深い意味が巻の違いの下に潜んでいる ことを示唆する。これまでの言語学的, 音韻学的, および天文学的分類を 一般化する必要がある. すなわち, いままでの分類を含む新たな分類が 七世紀の『書紀』に望まれる。その期待に応えて, 筆者らは 「地」, 「天」, 「泰」 分類を提唱する. 巻22, 23, 28, 29を「天群」とし, 巻24, 25, 26, 27を「地群」とし, 巻30ひとつを「泰群」とする. 本文で示すとおり, 「泰群」は「地群」と 「天群」の性質を併せ持つ. これが本分類の特徴であり, 利点である。 周易において, 「泰」は「地」と「天」のこんごうである. また「天群」では天文観測が行われたことから名称がふさわしい。
本研究の主目的は, 筆者らの分類に合致する歴史事象を探し出すことである。 その際, 探索の指針は国際的な事象に目を向けることである。 多くの記録 (または語) が先行分類で使われているが, それらはある意味で 国際的な意味あいの語であった。実際、仮名は中国語と日本語を橋渡しする ために使われるものである。仮名の使用法が言語学的および音韻学的分類の 判定規準に使われた。観測天文学は, まさに中国の観測システムの移植で ある。
探索の結果, 屋久島との外交交渉が分類に合致することを見る。 また宗教的な記録や語がしばしば分類に合致することを見る。 結果を表の形で与える。表3と表4が主結果である。

  • pdf ファイル

    谷川のホームページに戻る

    国立天文台のホームページに戻る