所得税最高税率37 %の意味は? 谷川清隆 財務省のホームページ(http://www.mof.go.jp/jouhou/syuzei/siryou/035.htm) を見ると、所得税の税率推移を示す表がある。1983年までは10 % から始まって 19段階で最高税率75 % に達していた。 それが1984年、1987年、1988年、1989年、 1999年と数度にわたる改定により、現在の、10 %から始まって4段階、最高税率 37 %にまで引き下げられた。年収384万円なら10 %、一方年収2380万円以上では 37 %の税率。消費税の導入は1989年。当初は3 %で1997年からは5 %となった。 1989年以前に数年間、消費税導入の動きがあったことを考えると、所得税率改定 の動きは消費税の導入に連動しているように見える。 さて、政府が所得税の最高税率を75 % から半分の37 % にしたこと、 そしてほぼ同時に消費税を導入したことの意味は何であろうか。 筆者はこれを解釈しかねている。 今までに比べて低所得者層に重く、高所得者層に軽い税制であることは はっきりしているから, もちろん、すぐに思い浮かぶ答えはある。 政府は貧乏人から金を取ることにし、金持ちから金を取るのをやめたのだ。 貧富の差を広げようとしている。 しかしこんなに単純明解な答えでいいのだろうか。素人にはわからない 深慮遠謀があって、日本の遠い将来を見据えた結果としての 施策なのかもしれない。衆議院、参議院の議員は選挙で選ばれ、 首相も含めて政府の閣僚はほぼ議員から選ばれている。 だから金持ち優遇策は大多数の国民の支持を得るはずがない。 気がかりなことがひとつある。 所得税最高税率が37 % になったことを知らない人が多いことである。 著者自身も最近知ったばかりである。 この所得税制で恩恵を受ける階層の人口はすくない。 消費税の場合には問題が直接自分に降りかかるので反対運動が盛り上がったが、 高額所得者の減税の場合、多くの人には関係ない。 減税に強く反対する理由がない。 この間、毎年、金持ちはどんどん資産家へと移行している。これが現実である。 もし、相続税まで手直しされると、資産家の家系が生じ、日本は 階層の固定された社会になるおそれがある。 政府はなぜこのような施策を取るのであろうか。 ひとつのヒントは「グローバルスタンダード」にあるかもしれない。 現在、欧米諸国とくに米国から日本は構造改革を迫られている。 米国も含めてほとんどの国では貧富の差がはげしい。 これがグローバルスタンダードである。 日本人は顔が見えないじゃないですか。 首相もひっきりなしに替わって名前を覚えるひまもない。 貧富の差を広げなさい、金持ち階級を作りなさい。 上流階級を育てなさい。生まれながらに支配することを約束されている人々 を育てなさい。この人達ならこちらも名前や顔を覚えることができるし、安心 して交渉相手とすることができる、と。 あるとき、筆者は知人の弁護士に質問をぶつけて見た。「君は所得税率 のことを知っているだろうね。けしからんと思わないか?」しかし かれは「ふふふっ」と言ったきりだった。また別のとき、明らかに 最高所得税率を支払っているであろう友人に聞いてみた。 すると、彼は、努力した人が報われる社会であるべきだ、という。 75 %も取られたら何のために働いたかわからないよ。なるほど。 わたしの質問は単なるやっかみに過ぎないのか。 困った。本当の理由は何なのだろう。原点に戻ってみよう。 戦後の日本は廃虚の中から立ち上がって今日の繁栄を築いた。よれよれの 学生服で鼻汁を垂らしていた坊主頭の子供達はいなくなり、育ちの よさそうな子供達がこざっぱりした服装で、大人に混じって電車通学を している。それを見るたびに日本人は頑張ったんだなと思う。 大人はいまも働いている。働きすぎるぐらいに働いている。 チャンスはある。のしあがるチャンスはある。自分はここまでしか 来なかったが、子供には教育を受けさせた。息子あるいは娘はやって くれるかもしれない。何を? 何かを、さ。 あそこのお宅はご両親は立派だったけれど、お子さんたちは気位ばかり 高く禄なことをしなかったから、ダメになってしまったわね。 角(かど)の八百屋さん、息子さんが東大に入ったんですって。 へー、ご主人もおくさんも高卒じゃなかった? 主婦達の情報網はIT時代でも 洩れてしまう、貴重なデータを拾いあげる。主婦はその情報から教訓を得、 羨ましく感じ、まだうちは大丈夫と思い、 息子、娘の出来・不出来を近所と比較し、夫を焚きつけなくちゃと決心する。 そして世代ごとに浮沈を繰り返す。売家と唐様で書く三代目。 上に欲しいものがぶら下がっているのが見えるのに、取ることができない。 途中にガラスがある。組織内で階悌を登っていくと、 いつの間にか頭が天井につかえる。もうひとつ上の地位にはどうしても行けない。 ある種の人々には天井がない。生まれが関係するらしい。 これをガラスの天井というようだ。 米国にはこれがある、と聞いた。 大多数の日本人にとってはガラスの天井はないはずだ。 そう信じているだけかもしれないが。 主婦もその夫も、社会の中での上昇が途中で止まったら、不運だと思い、 学歴のせいだと思うことはあるにしても、生まれのせいとは思わない。 そしてこのような社会が続いてほしいと思っている。 政府の施策がガラスの天井を 作る方向に向かっているとしたらわたしは反対する。 所得税最高税率37 %がそちらへ向けての第一歩でないことを祈る。 平成13年6月8日