書き出しは日本語? それとも英語?

天文月報 97巻, 719 - 725, 2004

    谷川清隆

平均的な天文学者・天体物理学者は日常的に英語で文章 (論文)を書く。その せいもあって日本語の文章を書く機会は多くない。これは理学系研究者にほぼ 共通する現象であろう。 一般社会から見ると、言語の使い方に関してかなり 特殊な人々の集まりである。 論文を書く際に、日本語の入る余地はあるのだろうか? どのように日本語と向き合っているのだろうか? これに疑問を持って、天文学会のTENNET会員にアンケートを 実施した。本報告はその結果と解析である。 若手の参考となると思われるコメントが多数あったので、それを紹介する。 試みに、言語の学習過程を、外国語論文の書き方や読み方との関係で図式化し、 考察を行なう。

    書き出しは日本語? それとも英語? pdfファイル


1. アンケート


次のようなアンケートを実施した。対象はTENNETなるメールグループメンバー である。TENNETは天文学会の会員(正および準)のための正式メールグループ である。

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(1) 日本人のあなたは英語論文を書くとき、どちらでしょう?
1. はじめから英語で書く.
2. 日本語で書き始める.

日本語で書き始めると答えた方, 次のどれですか?
2.1. 梗概を書くだけ.
2.2. 最終的な論文の長さの半分程度まで日本語で書く.

2.3. ほぼ全体を日本語で書き上げ、仕上げを英語で行なう
.
2.4. きっちり日本語で書き, それを英訳する.

2.5. 以上にあてはまらない場合, どの程度までですか? 例. 30%


(2) アンケートの結果、上記 1と2の比率がどうなるかを予想してください。
たとえば、1. が 50\% とか。


答えは tanikawa@exodus.mtk.nao.ac.jp 宛て, 送り返してください. よろしく

アンケートの趣旨

谷川清隆@国立天文台は、日本の天文学者が、日本語の論理的文章を いつ書くのか、日本語で論理的な文章を書く訓練をいつ行なうのか、 知りたいと思いました。英語の論文を書く際に日本語を使わないとしたら、 天文学者はどこに自分の日本語の文章を発表するのか。 天文学者の日本語は危機的状況にあるのではないか。このような疑問の答えを 知るための第一歩として、今回の質問が簡潔でいいと考えました。

アンケートの集計結果は、これから研究者になろうとする学生、院生が 論文を書くときの参考になるであろうし、現役の研究者にとっても、 興味深いものであろうと考えます。アンケートを取るに至った背景に 関しては、天文月報2003年8月号の「日本語と日本の科学」[文献1]を参照して いただきたいです。 以上です。

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アンケートは少し簡単な形で、 2003年11月23日に国立天文台内に流した。 国立天文台の天文学者に限るべきでないことに気づき、11月25日にTENNETに 流した。

2. 集計結果


天文学会には正会員と準会員があって、プロの天文学者の多くは正会員として 登録している。正会員の数は、プロの天文学者の概数を表すと理解する。 正会員の数は2003年12月4日現在1536名、一方TENNETの会員は2003年12月1日現在 約1000名であった。回答者は202名、そのうち、コメントのみの回答者が2名 あったので、回答数はきっちり200であった。回答率2割。アンケートとして 成功であったか、失敗であったかは読者に判断していただきたい。 一介の天文学会会員が出したアンケートとしてはかなりの回答率であったと 筆者は考えている。年齢を回答者に質問しなかったので、筆者は、 インターネットなどを通じて、 各種情報源から回答者の年齢を得た。その結果は表Iに組み込んだ。 年齢層を見てみると表Iの第1、2欄に見るように、30歳代がもっとも多く、 40歳代と20歳代がこれに続く。活動的な天文学者から万遍なく回答が得られたと 考えたい。天文学会会員の年齢分布に関しての情報はない。 またハワイも含めて海外在住のTENNET会員からの回答は25であった。 海外在住の研究者にとってTENNETが情報源であること、また問題が英語(外国語) に関係することから、アンケートに興味を持ったものと思われる。 文化の衝突を経験すると、自ずから言葉に興味が向く。

表 I. 第1欄は年代、2欄は回答者数、3欄から8欄までは回答分布、 9欄と10欄は回答1および回答1と2.1の百分率


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年代 & 人数 & 1 & 2.1 & 2.2 & 2.3 & 2.4 & 2.5 & 1のみ & 1と2.1
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20代 & 36 & 17 & 9 & 1 & 6 & 3 & 0 & 47% & 72%
30代 & 83 & 67 & 11 & 2 & 3 & 0 & 0 & 81 & 94
40代 & 44 & 30 & 6 & 3 & 2 & 0 & 3 & 68 & 82
50代 & 30 & 26 & 2 & 1 & 0 & 0 & 1 & 87 & 93
60代, 70代 & 7 & 5 & 0 & 0 & 1 & 0 & 1 & 71 & 71
-----------------------------------------------------------------------
総計 & 200 & 145 & 28 & 7 & 12 & 3 & 5 & 72.5 & 86.5
-----------------------------------------------------------------------


まず、質問(1)への回答分布は、表Iの最下段の9、10欄を見ていただきたい。 英語で書き始める割合は72.5%である。梗概だけ書くとの回答も英語で書き始 めるに入れると、86.5%になる。英語で書き始める比率がきわめて高いことが わかる。

次に質問(2)への回答分布は、表IIにまとめた。

表 II. 第1段は「英語で書きはじめる人」の百分率。第2段はその百分率を 予想した回答者数。

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範囲 & 0 < & 10< & 20< & 30< & 40< & 50< & 60< & 70< & 80< & 90<
数 & 5 & 12 & 14& 5 & 12 & 8 & 35 & 45 & 26 & 5
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回答数は167である。数が少ないのは、はじめに国立天文台内でアンケートを 行なったときに問題(2)がなかったからである。70%から80%のはずという 答えが最頻値であった。これは上記72.5%とよく一致する。その前後、60%と した回答者から90%とした回答者がほぼ、実態を予測できたとすると、63%の 回答者が正しく世情に通じていたことになる。残りの37%の回答者は実態を 把握し損ねていると言えるだろう。

年齢効果があるはず、という回答者の意見があった。これはもっともである。 20代では英語で書き始める割合が低いことがわかる。若い回答者の中には、 まだ論文を書いていないけれども、書くとしたらという前提で答えを送って くれた人もいた。

20歳代の回答者には7名ほどの修士院生、博士課程1年の院生が含まれていた。 これらの人からの回答は、2.3や2.4であって、英語で書き始める比率を下げた。 博士課程2年以上では回答は1または2.1であって、急速に英語で書き始めるよう になると出た。研究を始めると急速に英語で書き始めるようになる。これが アンケートの結果であると言える。ただし、 「tennet購読者では関西弁で言うところの「ええかっこしぃ」と呼ぶ のでしょうか、あの「お高くとまった人々」が多いと私などは思います」 とのコメントがあった。アンケートの結果を額面通りに取るなら、研究者の 9割が英語で論文を書き始める。日本語は頭の中で介在するが、形として 現われるのは英語である。これを極めて正常な形と考えてよいのか、 極めて異常な形と考えてよいのか? 天文学者は誰も英語ができて すばらしいと思うのか、それとも、英語でしか自分を表現できない、 さびしい集団と思うのか。

3. 回答者のコメント


寄せられたコメントには有意義なものが多かった。

1) アンケートそのものに関するコメント

面白いアンケートですね、と励ましてくれた回答者が10名ほどいた。 逆に、アンケートは趣旨不明であると指摘する回答も2、3あった。 さらに、「アンケートの趣旨を読みましたが、この趣旨とこのアンケートは、 必ずしも繋がらないような気がします」とのコメントがあった。

2) 質問のたて方に関するコメント

とくに、質問(2)について、「年齢・訓練によって、比率は大きく異なるので、 アンケート回答者の母数分布がわからない」、「答えても意味がない」との コメントを3ついただいた。「回答者の中の学生の比率によって、結果はかなり 変わってくるかもしれません」とのコメントがあった。

3) 日本語を書く機会に関するコメント

日本語に関する心配はいりません、との趣旨で10名弱の回答者からコメントを もらった。「いまいち問題意識がわかりません。 論文以外にも日本語で論理的な文章を書かなければならない機会は 山ほどあるのではありませんか?」 「論理的な文章を書くのは、なにも論文だけでなく、日常のメールやら、 仕様書、予算要求書、議案書、その他いっぱいあります」 「職業研究者であれば、日本語の研究文書執筆の機会は多くあり(例えば研究 費の申請書、成果報告書、国内研究会集録など)、査読論文レベルを要求される ケースは少ないにせよ、こうした機会を通して訓練を行えるものと思われます」 「最近は報告書、解説記事等で日本語を書く機会のほうが英語より多くなってい ますが...」 「学振の書類書きは練習になる」 「私は、現状における日本語の執筆量が足りないとは思いません」 「科研費の申請書、天文月報などの和文雑誌の記事、 様々な望遠鏡への観測申込書などを書く際に、各人が日本語で論理的な 文を書く訓練を多少なりともしているのではと思います」 「日本の天文学者は、論理的文章を書くのは、天文月報・天文学会年会予稿・著書 などであると思います」

4) 日本語と英語の文章力の相関に関するコメント

英語の文章力と日本語文章力には強い相関がある、とのコメントも多数いただいた。

「英語論文を書いていると日本語がダメになるという心配は 無用だと思います。私の観測では、人の語学、表現、論理思考能力には 良い相関があります。つまり、英語が上手く、良い英語論文を書ける人は、 日本語も立派です」 「論理的文章の構成能力は、使用する言語に依存する問題とは思われない。 日本語文章は拙いが英文は立派、またはその逆、などということは、 そもそもありえない」 「私の少ない経験からすると、論理的な記述が出来ない人は、日本語、英語 のどちらでもダメ、出来る人は、日英どちらでも出来るという気がします」 「日本語でしっかりした文章を構築できる人であれば、他言語の用法に習熟 してさえおれば、その言語での執筆に支障はないのではないでしょうか。 問題は論理的思考を行えるかどうか、であると愚考します」 「英語で良く発表できた天文学研究は良く日本語でもできるし、逆も真である と感じています」

5) 書き出しを英語にする理由

「たぶん日本語で書き始めれば,英語らしい文章では書けなくなるでしょう」 「英語と日本語は内容的には同じであっても、論理の展開方法や説得術において 全く異なってくると思います」 「天文学はアメリカの大学院で初めて学びました。 天文学など一般科学を含む論理的思考は英語で考えてしまいます」 「個人的には日本語草稿から英語への変換は全く意味がないと思っている」 「始めから英語で書く人の比率は、その人が過去に何本の英語論文を 出したかでほぼ決まっていると思います。3本以上既に書いている人は 8割以上が英語から書くと思います」 「最初から英語で文章を作れるようにする習慣をつけることこそが大切だと思い ます」

6) 日本語を大切にする方法に関するコメント

「修士論文は必ず日本語で書くよう指導しています」 「大学院生が日本語を大まじめに書く機会があるとすれば、それは修士論文と 学振の書類書きでしょう」 「D論、M論を日本語で書いて良いようにする。 すばるのプロポーザルは、日本語を正にして、英語を副にする」 「博士論文を日本語で書こう、と呼びかけるのはいかがでしょうか」

7) 論文の書き方の実際に関するコメント

「文として書く部分は、ほとんど英語で書き始めます。どうするのがよいかは よくわかりませんが、少なくとも、考えるプロセスの大半は日本語です」 「頭の中では、おそらくベースは日本語で思考しており、 英語に翻訳しながら書いていると思う」 「多くの日本人は日本語で思考を組み立てているものと思います。 私も論文は英語でベストな表現を常に心がけますが, 決して日本語を使用していないわけではないことを申し添えます」 「日本語で考えて英語で書くという感じです」 「構想を練る時は日本語ですが、実際に書くときははじめから英語です」 「頭の中で考察しているときには日本語で考えています。書く段階で、英語論文 なら英語に、日本語論文なら日本語に出力しています」 「一定量の文章を書く場合、最初から言語を統一 して記述したほうが楽。例えれば、FortranとCを混在させたプログラムだと バグ取りが面倒になるような感覚ではないかとおもいます」 「最大の理由は、私の力不足で、英語から日本語に'翻訳'するようには 日本語から英語には"翻訳"できないこと、そしてその結果として、 英語で書くと却ってすっきりした文章ができあがることにあります」 「論文の構想およびアウトラインは日本語で書きながら考えます。 しかし、文として書く部分は、ほとんど英語で書き始めます」 「頭の中では、おそらくベースは日本語で思考しており、 英語に翻訳しながら書いていると思うが、思考の流れが途切れるようなときには、 日本語でとりあえず書いておくので、」 「一通り書き終えた後で、discussion が込み入った内容になってわかり にくくなったかなと感じた場合に、項目を箇条書に抜き出して整理して みることがあります。この時には適当に日本語・英語を併用して書き ます」 「梗概も本文も英語と日本語のチャンポンで書く。すらっと書きたいことが 英語で頭に浮かべば英語で書き、うまい英語表現がすぐ思いつかない時は 日本語で書く。論文で言いたいことがチャンポン表現でできあがった後に すべてを英語になおす」

8) 経験を積んだある研究者のコメント

「私は昔は英語で書き始めていました。しかし最近は学生に対して まずは日本語で書けと言っています。なぜなら、まず論文の 論理構造をしっかりする必要があり、それはなれた日本語が 良いと思うからです。ただしできた日本語そのものを英訳するのは良くなく 日本語を元に、英語の論文を書くことにしています。ですから 書いている途中で、大きく変わることもあります。 英語だけで書くと、英語的に難しいところは、論理として 必要でも省いてしまうおそれがあります」

4. 考察


英語論文の書き方の過程を分類してみる。一つは

式(A)
日本語話し言葉 & ------> & 日本語書き言葉 (日本語論文)
& & |
& & |

(英語話し言葉) & ------> & 英語書き言葉 (英語論文)

なる図式に表わすことができる。ここで「日本語話し言葉」は、セミナー などで研究成果を発表するときに使う日本語、という意味で使っている。 話し言葉には身振り手ぶりや顔の表情、図やグラフなどの補助手段があるので、 書き言葉ほどには論理的でなくても、言いたいことを表現できる[文献2]。 もうひとつは、

式(B)
日本語話し言葉 & ------> & 英語書き言葉 (英語論文)

なる図式である。 論文の書き方に慣れ、論文の材料が頭の中にすっかり入っている場合、

式(C)
論文の材料 & ------> & 英語書き言葉 (英語論文)

のように、日本語を介在させずに一気に書いてしまうことがあるかもしれない。 この場合、研究結果を得るまではすべて日本語で考えるのであろうから、 一気に書くという過程は息(日本語による思考)を止めて潜水するような 行為ではないかと推察する。

アンケートの結果は回答者の85% 以上が図式(B)のように英語論文を書いている ことを示す。図式(C)のような論文の書き方は、海外に長期滞在したり、 海外で教育を受けた人以外は皆無であるようだ。一方、図式(A)は日本語のため にも、良い英語論文のためにも、筆者が推奨する図式である。数は少いが、 これを意識的に実践する研究者が存在する。3節8)のコメントを参照して いただきたい。

さて、筆者自身は最近まで図式(B)のように論文を書いてきた。図式(C)の 場合とは違い、一気に書き上げる英文は一段落か一副節、最大でも一つの節で ある。これは熟練度にもよるだろうし、論文を書く姿勢にも依存する。文章を 書くまでに頭の中で論文の構成を完成させてしまえば図式(C)に近づくし、 文章に書きながら論文の構成を考える場合には図式(A)になる。日本語話し 言葉を頭の中で英語に訳しながら書くのが図式(B)であろう。たとえば、 英文の一段落ずつ、日本語話し言葉を頭の中で材料に分解していけば(B)に なる。筆者は図式(A)に戻ろうと考え、少くとも論文原稿の最初のいくつかの 版は日本語で書く。

ただし、図式(A)は、初学者の場合、たいへん時間がかかる可能性がある。 日本語話し言葉を日本語書き言葉 (日本語論文)に整理する段階で時間がかかる。 ここは論理的日本語を習得する段階である。 修士論文などは限られた時間内に書き上げなければならないし、書き始めるのは 結果が出てからであるから、締切の1ヵ月あるいは2ヵ月前であったりする。 そこで折衷案として、日本語が適当に書けたら、英語に切替える。すると、 英文は、できあがった日本語の論理性を反映した程度のものとなる。英文の 非論理性を指摘すると、それは日本文の非論理性を指摘したことになる。

頭の中で行なわれている作業に関する情報は、3節7)のコメントで 一端を窺うことができる。頭の中で日本語の文章を作って英語に直したり、始め から英語を書き出したりする。日本語を紙に書き出すことはしないので、証拠が なく、また頭の中のプロセスなので、定量的な分析を行なうことのできない 領域である。踏み込んで研究すれば面白い分野であろう。 日本語を母国語とする研究者が英語の論文を書くときに頭の中で起こる過程は、 本人でも分析が難しい。 なぜかというと、頭が英語世界に入っているときでも、たとえば「腹減った」と 日本語で思ったとたんに英語世界は終ってしまうからだ。したがって、 英語世界に入っているときに頭の中で起こっていることを分析するには、 英語で考えなければいけない。そして、英語世界にいたときの自分が どのように論文を書いていたかを、日本語世界の自分が思い出すのは難しい。

最後に、書き言葉としての日本語、あるいは論理的な日本語の訓練はどの段階で 行なわれるのであろうか、という問題に戻る。 アンケートの回答の中には、 日本語での文章がうまいことと、英語での文章がうまいことには強い相関がある との強い意見がいくつもあった。だが、どちらが先であるか、あるいは、 どのように両方うまくなるはについての意見はなかった。むしろ同時にうまくな るとの印象を持っているようだ。学校では論理的な日本語の文章を書く ための系統的な授業はなかった。訓練によってうまくなると思うから練習する。 その訓練はどこで行なっているのか。筆者は現段階では次のように理解している。

研究者は、自分が書く論文数の数倍から十数倍、場合によれば数十倍もの量の外国語 論文を読む。(読む場合は英語論文に限らないので外国語とした。) そのときのプロセスは

式(D)
日本語話し言葉 & ------> & 外国語書き言葉 (外国語論文)
& & \downarrow
& & 日本語書き言葉 (日本語論文)
なる図式に書ける。論文の読み方にも密度の濃い薄いがある。概略を理解する ためにさっと読むこともあれば、一言一句おろそかにしない精読もある。 上の図式で、外国語論文を読み飛ばすときには左方向へ、精読の場合は下方向に 進むと理解できる。論文を翻訳する場合は後者に属する。 外国語文和訳は、外国語の練習にも日本語の練習にもなる[文献3]。これは中学・ 高校でやってきたことそのものである。研究者は一生涯に、 どれだけ外国語論文を読むだろうか。大雑把に言って、100頁の本を一年に数冊、 これを10年続ければ数十冊。 外国語論文を読んだ量に比例して、外国語も日本語もうまくなる。 とすると、どちらが先とも言えず、両方うまくなると回答者が感じているのは 正しかったと言える。

5. まとめ


アンケートの趣旨のひとつとして、これから研究者になろうとする学生や院生が 論文を書くときの参考になるようなものにしたいことを挙げた。 回答者は、論文の書き方、自分の頭の中での働き、英語出力までのプロセスなど を素直に書いてくれた。これらのコメント (3節) は大いに参考になる。 もうひとつの趣旨、「天文学者の日本語は危機的状況にあるかないかを知りたい」 に関しては、日本語を書く機会は多いですと回答をくれたのは、40代、50代の 回答者であった。とくにあちこちに日本語の文章を書いたり、仕事上必要が あって文書を提出する研究者達である。 筆者が別のところに書いたように[文献1,4,5]、多くの文章は世に出ないので、 後輩達は参考にできない。真剣勝負の文章として天文学者の日本語が世に出ない との筆者の心配は、解消されない。前節の最後の観察が正しければ、 天文学研究者は先輩の文章を読んだり参考にすることによってではなく、 外国語論文を読むことによって、また英語論文を書くことによって、日本語を 絶えず磨いている。天文学者の論理的な日本語は世代を越えて遺伝していない ようだ。

謝辞.


大石雅寿氏には多数回にわたってメールのやりとりで議論していただいた。総合 研究大学院大学の平田光司氏もこの問題に興味を持っていただき、議論していた だいた。ほかに、回答をいただいた何人かの方々とは数度にわたってメールをや りとりすることがあった。名前は挙げないが感謝したい。 また天文学会の事務室の方々のお世話になった。

参考文献


[1] 谷川清隆、「日本語と日本の科学」、天文月報、2003年8月号、443 - 451。

[2] 清水幾太郎、「論文の書き方」、岩波新書、1959年 (第一刷)。

[3] 齊藤 孝、斎藤兆史、「日本語力と英語力」、中公新書ラクレ、2004年。

[4] 谷川清隆、「英語で発信する数理科学者たち」、総研大ジャーナル、 2004年、No.5、pp.44-45.

[5] 谷川清隆、「直言: 論文は英語だけでなく日本語でも」、朝日新聞 2004年5月19日、20面、科学欄。

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Kiyotaka TANIKAWA
National Astronomical Observatory of Japan
Mitaka, Tokyo 181-8588, Japan.

The author sent via email the question as in the title to the TENNET members of the Astronomical Society of Japan. Two hundred members among one thousand replied. It turned out that more than 70% of the members start writing in English and 15% fix initially the framework of the paper in Japanese and then start writing in English. The author reproduces comments attached to the replies, and then discuss the meaning of the result and consider the role of learning foreign languages in promoting the skill in one's native language.

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