書評
宇宙流体力学
坂下志郎、池内了著
1996年11月20日発行
定価3811円(本体3700円)
培風館 おすすめ度星4つ(この分野を勉強したい人には4つ半)
天文学の発展にともなって、自分の研究分野には詳しいけれど、他分野の「天文学の基礎事項」はちょっとという大学院生も増えてきているようです。この症状に思い当たった人はこの本を試してみてください(薬のコマーシャルみたいですね)。
まず検査をしましょう。
あなたは下にあげられているキーワードについてその物理的説明をどれくらい知っていますか。いずれも理論宇宙物理学の中で特に流体力学的な分野で基礎となる概念です。
この教科書では、まず最初に、流体力学の基礎方程式、圧縮性流体中の波動(音波、アルフベン波、磁気音波)や衝撃波などの基礎的事項がコンパクトにまとめられています。その後、天体物理に流体力学を応用する場合に必要となる基礎的な事項:対流不安定性、ケルビン・ヘルムホルツ不安定性、自由落下、ビリアル定理、ポリトロープ、ジーンズ不安定性などがふれられます。さらに、その上で応用例として、比較的解析的な取り扱いの容易な、球対称定常流(降着流、恒星風など)や球対称非定常流(超新星残骸、恒星風、星間雲の重力収縮)。さらに、より複雑な数値シミュレーションが必要になるような非球対称な流れなどが述べられています。どうです?これらのうちどれだけ勉強したことがあるでしょうか。
理論的な分野の従来の教科書は、初めて学ぶ学生だけでは式の導出や概念の展開ができないで、フラストレーションがたまってしまう場合もしばしば見受けられました。著者は、そのことを強く意識して、全192頁とかなりコンパクトな本ですが、式や概念の展開が十分に独力でできるように工夫されて書かれことが読みとれます。実際、私も修士1年のセミナーでこのを使っていますが、天文学を専門としない物理の院生も独力で読んでいます。
理論向けの、専門学部高学年あるいは修士課程院生のセミナーなどに最適の標準的な教科書といえるでしょう。
著者の坂下志郎氏は1977年から1995年まで北海道大学理学部の宇宙物理学研究室を主宰しておられた。現在同大名誉教授。あらためて紹介の必要もないかもしれませんが、池内了氏は名古屋大学教授。ともに流体力学的手法を天体物理学に適用した研究に造詣が深く、「宇宙流体力学」の著者に最適といえるでしょう。
富阪幸治(新潟大学教育学部)