ショートコロキウム 2012 アブストラクト

04/18梶野敏貴(理論部)宇宙のリチウム問題とビッグバン元素合成
アブストラクト
ガモフが提唱したビッグバン宇宙仮説は、約半世紀にわたる素粒子・原子核物 理学の発展に加え、Ia型超新星の光度・赤方偏移関係、宇宙背景放射 温度ゆ らぎ、重力レンズ効果などの観測的宇宙論の長足の進展によって精密に検証でき る時代を迎えている。平坦で加速的に膨張するとする標準宇宙論 は、謎のダー クエネルギーとダークマターの存在を必要とするが、これら未知のエネルギーと 質量の正体を解明するための有効な手段の一つが、ビッグ バン元素合成の研究 である。  最近のすばる望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡を用いた宇宙初期世代星および始源 ガス雲の高分解能高分散スペクトル観測によって、標準ビッグバン理論 では容 易に説明できない元素が発見された。リチウムアイソトープは、理論予測と比べ て約3倍(Li7)、ないし1000倍(Li6)異なり、宇宙 の平均バリオン密 度パラメータのとり方によっては重水素も約3倍異なる。ヘリウムを合わせてこ れらすべての元素量が矛盾なく説明できないことが、 「標準ビッグバンモデル の危機」として波紋を作り出している。  今日のショート講演では、最近我々が提唱している理論モデルを紹介する。 ダークマターの有力候補である超対称粒子(SUSY)がビッグバン元素 合成に及 ぼす影響、およびアクシオンが宇宙の晴れあがり前に冷たいダークマターとして ボーズ・アインシュタイン凝縮する効果を取り入れることで、 これら複数の問 題が解決できることを示す。
04/25滝脇知也(CfCA)超新星のニュートリノ駆動型爆発・最前線の紹介
アブストラクト
超新星の爆発メカニズムは50年に渡って天体物理学者を悩ませている。 もっとも有力なシナリオはニュートリノ加熱による衝撃波の復活シナリオで、 一度鉄の分解による吸熱反応で止まってしまった衝撃波の背面を ニュートリノで再加熱して、高まった圧力で降着する物質を吹き飛ばすものである。 このシナリオは、ここ10年計算資源の増大とともに多くの発見がなされてきた。 2000年代前半にはニュートリノの輻射輸送を星を球対称1次元だと仮定して解き、 そのままでは非常に軽い星を除いて爆発しないという結論を得た。 2000年代後半には2次元軸対称の計算で新たに見つかった 降着衝撃波不安定性により衝撃波が揺れ動き、ニュートリノ加熱効率がよくなることで 爆発する例が盛んに報告されている(e.g. Murphy & Burrows 2008, Marek & Janka 2009)。 しかし、まだ問題は解決してない。 対流や不安定性の計算は2次元と3次元で様相が異なることはよく知られている。 やはり自然な3次元計算を行うべきである。 Nordhaus et al. 2010では2次元軸対称計算より、 3次元計算のほうがより爆発しやすいという結果が報告され、 この問題は解決に向かうかと思われたが、 Hanke et al.により反論も提出され、混迷した状況である。 我々はニュートリノ輸送も3次元流体計算もどちらも手を抜かずに解くという方針で、 この問題に挑んでおり、前回のコロキウムではその初期成果を報告した。 今回は前回では取り入れていなかったニュートリノ冷却を取り入れるなど、 より詳細な物理過程を再現した上でさらに計算解像度を高くした 3Dの超新星爆発の様子を紹介する。 我々の計算はまだまだ自然を理解するには遠く及ばないが、 これは近年、大変進歩が速くなっている超新星研究の最前線の結果である。
05/09中村文隆(理論部)星形成における磁場の役割
アブストラクト
星は宇宙の中で最も基本的な天体である。この50年間で、林等 により 星の形成や進化について理論的な研究が開始され、また電波や赤外線の観測により、 星は乱流状態にある磁気星間雲内部で形成される密度10^4 cm^-3 程度の高密度コア (分子雲コア)から誕生する等の重要な知見が得られてきた。しかし、その誕生過程 にはまだ多くの重大な謎が残されている。その一つが磁場問題である。 星形成で主役となる3つの要素、自己重力・磁場・乱流が複合的に働く環境での 力学過程は非常に複雑であるため、星の母体となる分子雲コアの形成・進化過程の 解明を妨げている。最近では、世界的に盛んに行われている大規模シミュレーションや 星形成領域の広域電波観測により、星形成における乱流の役割は、 定量的に議論されるようになってきた。しかし、星形成における磁場の役割は、 理論的にも観測的にも理解が進んでおらず、世界中で大きな論争を生む種となっている。 分子雲コアの磁場強度を第一原理から導き出すことはほとんど不可能であるた め、 観測的アプローチが不可欠である。分子雲コアに付随する磁場強度の測定に成功すれば、 星形成研究に新しいブレークスルーをもたらすことができる。 そこで我々は、国立天文台野辺山45 m電波望遠鏡にZeeman効 果測定のための 高感度40 GHz帯受信機を搭載し、近傍分子雲コアで磁場強度を系統的に調 べる計画を 推進している。本講演では、その計画について紹介する。
06/06工藤哲洋(理論部)振動する分子雲の中でのコア形成
アブストラクト
自らの重力を磁場の力によって支えられている分子雲(亜臨界な分子雲)は、磁 場の力を復元力として振動する。磁場が散逸しなければ、長時間振動を続ける が、分子雲は主に中性ガスで構成されているために磁場は散逸する。そのため、 その振動により圧縮された密度の高い領域が自己重力的に分裂し、分子雲コアが 形成される。その様子を数値シミュレーションによって調べた。最初にコアが形 成される時間は数百万年くらい。そのときの星形成効率は数%程度であった。こ れらの値は観測されている値とおおよそ一致する。
06/20柴垣 翔太(東大)超新星爆発での核反応計算
アブストラクト
超新星爆発はr-processが起こる有力な候補とされている。しかし、現状の理論 予測では、生成される元素は観測と十分な一致を示していると は言えず、元素 の起源の解明という物理学における重要な課題は未解決な状態にある。 この不 一致を解決するため、重い原子核の核分裂反応に注目した。現在、超新星爆発の 際のニュートリノ駆動風やMHDジェットでの核反応計算を行 い、核分裂の効果を 調べている。今回はこの研究の経過報告をする。
06/27田中 雅臣(理論部)時間軸天文学のすすめ
アブストラクト
大質量星は一生の最期に超新星爆発を起こすと考えられているが、 爆発直前の星の様子(光度、半径)には理論と観測間で矛盾がある。 この問題に、超新星爆発の観測から迫るべく、超高頻度な超新星サーベイを行っている。 高頻度の反復観測を始めたところ、時間的に明るさ、位置が変化する天体 (突発天体、変光天体、移動天体)が多く見つかってきた。 我々の超新星サーベイの初期成果とともに、 時間軸に焦点を当てた天文学の現状と将来計画について紹介したい。
07/04藤井顕彦(東大)自己重力ウェイクの力学的構造について
アブストラクト
惑星リングなどの粒子円盤には、粒子間にはたらく重力と差動回転の競合によって 自己重力ウェイクと呼ばれる構造が形成されることが知られています。我々は現在までに リングの局所計算を行うコードを開発し、自己重力ウェイクの力学的性質について調べてきました。 今回はこの計算によって得られた成果と今後の見通しについてお話しします。
10/10武田 隆顕(CfCA)粒子系データ可視化ツールZindaiji3の開発
アブストラクト
データの可視化は、大きく分けると2つに分けられる。 一つは研究者本人やその他専門家のために、物理量や形状などを 素早く把握するための可視化、もう一つは専門外の人に興味を持 ってもらうための可視化である。後者の可視化には、多少のレン ダリング時間をかけても画面のクオリティの向上を行ったり、 カメラワークの設定をおこなうといった演出の付加が含まれる。 私はこれまでに後者に重きを置いた粒子データの可視化を行うた めに、Zindaijiという粒子データ用の可視化ツールを開発し、渦 巻銀河の形成過程や月の形成過程の数値シミュレーションを元に した映像を作成してきた。Zindaijiは32bitアプリケーションとし て開発を行い、200万体程度の粒子データから映像制作を行うこと ができるが、今日では100万体規模の計算は珍しくなくなり、より 大規模な計算が頻繁に行われている。 そうした状況に対応するため、新たに64bitアプリケーションとし て昨年からZindaiji3の開発を開始し、ある程度の完成度に達する ことができた。Zindaiji3は現状64GBメモリーを積んだマシンで、 最大2億5千万体程の時間進化するデータの映像を作成を行うことが できる。またOpenGLシェーダー言語の導入や影の実装を行うことで、 より綺麗な画像の作成が可能になり、GUIも初代Zindaijiに比べて 大幅に改善が行われた。 ツールの開発と合わせて作成している可視化映像とともに、Zindaiji 3の開発状況を報告する。
10/17柴田 雄(東大)微惑星の暴走的成長
アブストラクト
惑星系形成を調べる上で、惑星の基本構成要素である微惑星の成長を研究する ことは、惑星系の構造や形成時間を知る上で重要である。微惑星の成長モード として秩序的成長と暴走的成長の2種類が考えられる。微惑星成長の調べ方と して、空間的に一様な微惑星分布を仮定して大粒子数を扱える統計的研究と、 非一様な微惑星分布も再現できる代わりに粒子数に制限があるN体シミュレー ションがある。暴走的成長を調べた Kokubo & Ida (1996)では、微惑星の空間 構造も考慮するため、3次元のN体シミュレーションを用いた。発表では、この論 文の結果を紹介しながら、暴走的成長の起きるメカニズムや条件について説明 し、最後に現在自分が開発しているN体シミュレーションのコードの開発状況も紹介する。
10/24富阪 幸治(理論部)
アブストラクト
10/31石津 尚喜(CfCA)原始惑星系円盤内ダスト層におけるストリーミング不安定性
アブストラクト
原始惑星系円盤では動径方向の圧力勾配のため、ガスはケプラー速度以下で 中心星の周りを公転する。一方、ダストはケプラー速度で公転しようとする。 そのため、ダストはガスの向かい風を受けてトルクを失い中心星に落下する。 円盤中心面へのダストの沈殿が生じると、ダストとガスの角運動量の交換の 結果としてダストは中心星に落下し、ガスは円盤外側へ移動する。このよう にダストとガスが異なる方向に運動する状況ではストリーミグ不安定性が生 じる。また、円盤鉛直方向にダスト密度分布があると、方位角方向速度に鉛 直方向のシアーが生じる。このためシアー不安定性も生じうる。ストリーミ ング不安定性やシアー不安定性によって生じる乱流の理解はダストの成長及 び微惑星の形成過程を調べる上で重要である。本研究ではダストとガスの2流 体3次元数値シミュレーションを行い、ストリーミング不安定性とシアー不安 定性によって生じる乱流の解析を行った。今回ダストの摩擦時間とケプラー 角速度の比が0.01の場合を取り扱う。
11/21和田 智秀(CfCA)強磁場高密度星(中性子星・白色矮星)の静的磁気圏が持つ弱い活動性
アブストラクト
孤立した中性子星や白色矮星のような磁場が強く、自転周期の短い高密度天体では単極誘 導による誘導起電場により星から引き出され、プラズマはそのまわりに電荷分極して分布 する。一般に磁気圏では電子対生成が起こることが引き金となって加速された粒子のアウ トフローを持つような活動性が作られると考えられている。 磁気圏の非活動的な解(静的な解)については古くから議論がされているが、近年Particle in Cell法を用いた2次元粒子シミュレーションによって静的な構造である赤道面ディスク がダイオコトロン不安定性によって拡散することが示された。 しかし、相対論的なエネルギーまで加速されたプラズマではこの不安定性の成長は抑えら れてしまう。さらに、ディスクの拡散が磁気圏構造全体へどのように影響するのかは理解 されていない。 我々は三次元的な粒子法によって長時間のシミュレーションを行い、ダイオコトロン不安 定性の成長による正に帯電した赤道面ディスクの拡散と、電荷損失によって極上方の負電 荷のドーム型電荷雲の成長について調べた。結果として弱いアウトフローを持つ純定常な 解が得られることがわかった。
12/05山崎 大(理論部)原初磁場制限の最前線
アブストラクト
現在、数マイクロガウスの磁場が銀河団スケールで観測されており、多くの理論 研究者が、局所的なものから大局的なものまで多くの磁場生成モデルを提唱し、そ の起源を特定するために日夜励んできた。その中で、もっとも支持されているシナ リオの一つは、初期宇宙において生成されたcomving スケールでナノガウス程度の 磁場が、電離バリオンに凍結して等方収縮することで約2桁オーダー増幅され、現在 の数μG程度の銀河団磁場の起源になったという説である。  このような原初磁場が存在すれば、そのエネルギー密度が放射優勢時の宇宙膨張 に影響を与え、ビッグバン元素合成に無視できない影響を与えることが示唆さ、観 測された元素組成と、原初磁場を考慮したビッグバン元素合成の理論計算の比較か ら、マイクロガウス程度が原初磁場の上限として制限されてた。また、先行研究で は、原初磁場が初期密度場や宇宙背景放射の温度・偏光揺らぎに影響を与えること が示唆されてきたが、その際、ビッグバン元素合成で制限されてきたような大きさ の原初磁場のエネルギー密度は考慮されていなかった。  そこで、今回は、宇宙背景放射にビッグバン元素合成から制限された原初磁場を 導入した場合の結果を紹介し、宇宙背景放射の観測との比較からどのように原初磁 場が制限されるかについて発表する。
12/19野村 真理子(お茶の水女子大)活動銀河核におけるラインフォース駆動円盤風の輻射流体シミュレーション
アブストラクト
多くの活動銀河核で青方偏移した金属元素の吸収線が観測されており、これは活動銀河核にジェットとは異なるアウトフローが存在していることを示している。その正体は降着円盤から噴出する円盤風ではないかと予想されており、これまでに、金属元素によるUV光の束縛-束縛遷移吸収で円盤風を加速するラインフォース駆動型円盤風モデルで円盤風の加速や電離状態が説明できることがわかってきた。さらに、観測されている吸収線の時間変動は、円盤風が分裂した構造を持つ可能性を示唆しており、このような現実的構造を調べるためには2次元および3次元の輻射流体シミュレーションが有効である。 発表では先行研究となる2次元軸対称シミュレーション(Proga et al. 2000, Proga & Kallman 2004) およびシミュレーション結果を元にしたスペクトル計算(Schurch et al. 2009, Sim et al. 2010) を紹介する。 最後に、現在取り組んでいる3次元輻射流体シミュレーションについても進捗状況を報告する。
1/16黒田 仰生(理論部)tbd
アブストラクト
今回の発表では、最近我々が行った回転している大質量星が重力崩壊 に伴い放出する重力波について調べた数値計算の結果を報告する。そ の結果親星の回転が早い程、特に低振動数帯(約200Hz)への重力波 放出が強くなる事が解った。解析の結果、弱回転モデルが主に音波モ ードに起源する約100Hz帯へと重力波放出するのに対して、高速回転 モデルは約100Hz高い放出をしている事が解った。この理由は、回転 不安定(low-T/W instability)により引き起こされた渦状波が回転する事 に起因すると考えられる。この渦状波の回転速度は『音速+回転』に 依る事から、今後の重力波観測でコアの回転の状況を重力波のスペク トルから読み取る事が可能となるかもしれない。
1/30中村 航(理論部)超新星の衝撃波発展に回転が与える影響
アブストラクト
重力崩壊型超新星の爆発メカニズムにおいて、ニュートリノ加熱と流体不安定性は重要な役割を担っていると考えられている。ある質量降着率に対して爆発を引き起こすのに必要な臨界ニュートリノ光度の議論から、空間の多次元性が爆発に与える影響は盛んに議論されているが、回転の影響の系統的な研究は不十分である。そこで、回転する15太陽質量の親星の重力収縮から爆発までを、3次元数値流体コードを用いて計算した。ニュートリノ光度と回転速度を幅広いパラメータ領域で与え、コアバウンスから1秒程度という長いタイムスケールで進化を追った。その結果、無回転モデルの衝撃波の形状は(複雑な構造を見せるものの)概ね球状に近いのに対し、回転するモデルは一定の方向に爆発しやすい傾向が見られた。また、衝撃波半径や爆発エネルギーの時間発展においても明らかに異なる振る舞いを示した。以上の結果を報告する。
2/6石本(京大)原始惑星系円盤の化学進化における円盤風の影響
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惑星は原始惑星系円盤の中で形成されるため、惑星形成を議論する上で原始惑星系円盤の進化を考えることは重要であり、 特に円盤ガスがいつ、どのようにして散逸するかというのは非常に重要な問題である。 原始惑星系円盤は典型的に10^6年で散逸すると考えられており、その散逸過程についてはいくつかのモデルがあるが、完全には理解されていない。 散逸過程の一つとして提案されているのが円盤風である。ここでいう円盤風とは、磁気回転不安定性(MRI)により磁場が増幅され、磁気圧によりガスを飛ばす というものを考える(e.g. Suzuki & Inutsuka 2009)。 本研究の目的は、円盤の散逸機構として考えられている円盤風の効果を取り入れた化学反応計算を行うことによって、円盤風が円盤の化学進化に与える影響を調べ、 円盤風が観測的に検証可能であるかを調べることである。化学反応計算の結果、円盤風の効果によって分子の多い円盤中層領域から分子の少ない円盤上層領域 にかけて分子の存在量が増加した。また、その結果を用いた輻射輸送計算の結果、円盤風の影響を受ける輝線は主に高励起の赤外線として観測される輝線で、 本研究の円盤風の速度分布の場合、30AU付近で最も輝線強度が大きく変化した。赤外線による観測結果を円盤風のモデルによって説明した研究である Pontoppidan et al. (2011)と同じ速度分布を用いて輻射輸送計算を行った結果、円盤風の影響が無い場合にはダブルピークの速度プロファイルを持つものが、 シングルピークになるという結果になり、Pontoppidan et al. (2011)の結果とも一致した。また。Pontoppidan et al. (2011)では赤外線の輝線のみを調べているが、 本研究では(サブ)ミリ波の輝線でも同様の結果となった。このことから、現在2011年から運用が開始された電波干渉計ALMAによる観測でも円盤風が検証可能であると考えられる。