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天文学のすすめ
天文学は宇宙に存在する天体現象や宇宙そのものの構造や進化などを探求する学問であり、日常生活にすぐさま役立つ知識を提供するとは言い難い。 それでも私たちの宇宙への興味が尽きないのは太古から続く人類普遍の知的欲求が背景にあるのだろう。
日本天文学会は「天文学のすすめ」という文書を公開しており、 ここに天文学を学ぶモチベーションが様々な視点から述べられているので参考にしてもらいたい。
また、日本天文学会 大学教育の参照基準策定ワーキンググループによって策定された、大学で学ぶ天文学における学習水準のガイドライン 「大学での天文学」 も大学水準の天文学を学ぶあらゆる人や授業を行う教員にとって参考になる情報である。合わせて、国際天文学連合(International Astronomy Union)が作成した「Big ideas in Astronomy」が 日本天文教育普及研究会によって日本語訳され公開されていることも紹介しておく。 「ビッグアイデア-天文学の主要概念」
天文学
2022年度 秋学期
講義の目的: 人類は、太古の昔から空を見上げ、太陽や月、惑星や恒星といった天体の存在やその時間変化を認識してきた。その上で、天体の観測を元にその性質や運動を物理学に基づいて理解しようという試みは絶え間なく行われ、新たな発見の度に人類はその宇宙観をアップデートしてきた。本講義では、我々の住む地球、太陽系、銀河系、他の恒星や銀河、さらには宇宙そのものの進化史やそこで起こる天体現象を人類がどのように解き明かし、物理法則の下で理解してきたのかを学ぶ。
講義の内容:最初に(現代)天文学が扱う対象を明らかにし、宇宙に存在する普段の生活では想像しない時間・空間スケールの天体や天体現象を紹介する。その上で、天文学研究において必須となる物理法則や電磁波の性質等を概観し、それぞれの天体・天体現象についての天文学研究から得られた知見について解説する。講義では、星の構造や銀河系の構成要素といった伝統的な天文学研究の対象とともに、比較的最近可能になったニュートリノや重力波を用いた天文学についても触れる予定である。
学修到達目標:
- 日常生活では想像しない時間・空間スケールで起こる天体現象について知り、自身の宇宙観をアップデートする
- 天体や天体現象の背後にある物理法則について理解する
- 天体や天体現象を特徴付ける物理量の簡単な計算ができるようになる
天文データとその利用例

ここには講義資料に利用したデータのソースをまとめておく。
地球で観測される太陽のスペクトル及び大気吸収を除いたスペクトルは以下に公開されている。
Reference Air Mass 1.5 Spectra
このデータを利用すると、例えば図のようなプロットが作れる。
大気吸収を除いた太陽スペクトルはほぼ6000Kの黒体放射(プランク関数)で説明できる。
この温度は太陽表面(光球)での温度を表しており、恒星ごとに異なる値を持つ。
また、太陽からの放射は地球大気を通り抜けて来ることで、水や二酸化炭素といった大気中の分子の吸収を受ける。
図の赤で表したスペクトルは大気吸収を含めたスペクトルであり、分子に由来する吸収帯が見られる。
これらの波長帯では大気吸収によって地上からの天体観測が難しいことを示している。
太陽の1次元的な内部構造のモデルとして、例えば
Bahcall, Serenelli, and Basu (2005)
などがあり、太陽ニュートリノの研究などで利用されている。
standard solar model 2005
その他の恒星、特にO-M型主系列星のスペクトルは例えば、以下のspectral atlasから取得できる。
PICKLES ATLAS
太陽のように水素を核燃焼させヘリウムに換える過程をエネルギー源として光っている恒星を主系列星(Main sequence)といい、質量によって光度や色が異なる。
星の色の違いはスペクトル分類に反映され、重くて明るい星から順にOBAFGKMというスペクトル型に分類される。
図は、主系列段階にある星のスペクトルの例であり、上からOBAFGKM型星の順に並んでいる。
OB型星は表面温度が数万Kに達し、非常に青いスペクトルを示すのに対し、太陽と同じG型星は6000K程度、さらにM型星になると数1000Kにまで温度が下がる。
太陽光球の観測や隕石の成分分析に基づいた太陽系化学組成(solar abundance)として定番なのは、Asplund et al.(2009)のレビュー論文
Asplund, M., Grevesse, N., Sauval, A.~J., et al. 2009, ARA&A, 47, 481.
太陽光球の元素組成をプロットしたものが図の左パネル
原子核の質量や束縛エネルギーなどのデータはAtomic Mass Evaluation 20xxとしてまとめられている
Atomic Mass Evaluation
AME2003のデータを使って、1核子あたりのmass excessを質量数の関数としてプロットすると図の右パネルのようになる。
56Feが最も1核子あたりの質量が小さく、水素燃焼から始まる星内部での元素合成はここが終着点となる。
恒星の進化計算をしたい場合は、1次元球対称を仮定した恒星進化コードModule for Experiments in Stellar Astrophysics (MESA)を使うのがよい。
MESA website
B.Paxtonをはじめとする研究グループによって開発・配布されているパプリックコードで、登録すれば誰でもダウンロードして使うことができる。
様々なセットアップでの恒星進化計算の例題プログラムが豊富に用意されていて、例えば1太陽質量の恒星(つまり太陽)の進化を計算した結果から作った図に示す。
左パネルは有効温度vs光度のヘルツシュプルング=ラッセル図(Hertzsprung-Russel diagram)上に進化トラックをプロットしたもの、
右上パネルは質量座標vs元素の質量比で恒星の中の化学組成を表したもの、
右下パネルは恒星の年齢vs半径のプロットである。
太陽のような星は主系列段階を終えた後、赤色巨星(Red giant)/赤色超巨星(Red supergiant)に進化し、
ヘリウム燃焼段階などを経た後に、最終的に核燃焼の燃料を使い果たして白色矮星(White dwarf)に進化する。

恒星進化コードによってあらかじめ計算された進化トラック(星の半径や光度といった物理量の時間変化)を利用することもできる。
前述のMESAによって計算された進化トラックとして、MESA Isochrones & Stellar Tracks(MIST)がある
MIST website
ここからダウンロードしたデータを用いて、0.5-50太陽質量の星の主系列段階におけるHR図での位置を示したのが図5である。
主系列段階の星はHR図上の左上から右下の領域を占め、重い星ほど明るく青い。
また、15太陽質量の星については、主系列段階を離れ赤色巨星に至り重力崩壊するまでの進化トラックを描いてある。
銀河の等級や色など観測量を集めたカタログはSloan Digital Sky Survey(SDSS)をはじめとしていろいろある。
最近のカタログはデータが膨大なことも多く、教育目的でプロットを作る場合には少し扱いづらいことが珍しくない。
以下のNASA-sloan atlasはSDSS Data Release 8 (執筆時の最新版はData Release 16)に基づいたカタログで、
最新のものではないものの単一のFitsファイルに収まった0.5GB程度のカタログである。
NASA-sloan atlas
例えばpythonでFitsファイルを読むにはastropyなどをインストールするとよい。
このデータを用いて、銀河の星質量(stellar mass; 太陽質量)とカラー(上が赤い銀河、下が青い銀河)をプロットしたものを図に示す。
主に星形成をやめてしまった楕円銀河から構成される赤い銀河の集団(Red sequence)と
星形成を続けている青い銀河の集団(Blue cloud)の2つの成分の存在が見て取れる。
観測されている白色矮星の質量分布はどのようになっているだろうか。
SDSSで観測された白色矮星の測光分光データについて、仮定された質量-半径関係を用いて物理パラメータを推定したデータは以下の論文にまとめられている。
Tremblay, P.-E., Bergeron, P., & Gianninas, A. 2011, ApJ, 730, 128.
白色矮星の質量は0.3太陽質量あたりから1.3太陽質量あたりまでに分布し、中央値は0.6太陽質量程度。
白色矮星の構造モデルから質量と半径の間には関係があり(図の赤線は理論的な質量-半径関係の例)、
観測によって計測される個々の白色矮星の光度・表面温度や表面重力やといった物理量から理論的な質量-半径関係を仮定して
質量や半径といった量を推定することができる。
重い白色矮星ほど少なく、理論的な最大質量(チャンドラセカール限界質量; He,CやOといった通常の化学組成に対して1.4太陽質量)あたりの白色矮星はほとんど観測されていない。
連星系に存在する重い白色矮星が伴星から質量を受け取り、限界質量を超えることで不安定化し爆発するのがIa型超新星だと考えられている。
現在までに見つかっている系外惑星のデータを集めたのは以下のウェブサイト
NASA exoplanet archive
ここからダウンロードした系外惑星のデータで、軌道長半径[au]と惑星質量[地球質量]をプロットすると図の左パネルのようになる。
また、右パネルは軌道長半径[au]と惑星半径[地球半径]のプロットである。
データベースにはこのほか発見年や検出方法などの情報も記載されている。
太陽系惑星の物理量は例えばシリーズ現代の天文学「太陽系と惑星」などから。