国立天文台 理論研究部

理論研究部の研究者が井上研究奨励賞,井上リサーチアウォードを受賞

国立天文台理論研究部の 2 名の研究者が,井上科学振興財団が設ける科学分野の研究者奨励ならび研究助成を目的とした賞を受賞し,この授賞式が2017年2月3日にとりおこなわれました.

(2017年2月17日 掲載)

* 総合研究大学院大学 物理科学研究科 天文科学専攻 助教

画像: 白崎正人 日本学術振興会特別研究員(左)と田中雅臣 理論研究部助教(右)(クレジット: 国立天文台)


■白崎正人 日本学術振興会特別研究員「弱重力レンズ統計を用いた暗黒エネルギーと暗黒物質の観測的検証」

  現在の宇宙における全エネルギー量の 96% が,未知の暗黒物質と暗黒エネルギーで占められていることが観測研究から示唆されています.これらの性質を知るための有力な手段のひとつに,重力レンズによる天体のわずかな像のゆがみを統計的に解析する「重力レンズ解析」があります.この方法により,視線方向に存在する物質分布を復元する事ができるのです.復元された物質分布には,暗黒物質や暗黒エネルギーに関する豊富な情報が含まれています.
 今回,井上研究奨励賞を受賞した白崎氏の博士論文では,暗黒物質・暗黒エネルギーに関する理解を深めることを目的に,異なる 2 つの重力レンズ解析手法の有用性と応用可能性について調査をしました.
 ひとつが宇宙の物質分布の幾何学的情報を用いた方法です.白崎氏は,物質分布の複雑な進化過程を正確に取り入れた重力レンズシミュレーションを発展させ,実際に観測される銀河の三次元位置情報と像の歪み情報を同時に組み込む手法を開発しました.このシミュレーション結果から,物質分布の幾何学的な情報を正確にモデル化することに成功し,宇宙モデルを従来よりもさらに制限できることを示しました(図1).
もうひとつは,重力レンズ観測から得られる物質分布とガンマ線の観測データの相関性を用いた方法です.ガンマ線は,暗黒物質の素粒子的性質である”対消滅”により発生すると考えられています.これまで理論的に提唱されていた方法でしたが,白崎氏が世界に先駆けて実観測データに適用しました.これにより暗黒物質の対消滅の可能性について,新たに独立の制限を示すことができました(図2).


図1(左): カナダ・フランス・ハワイ大学望遠鏡重力レンズサーベイのデータに対する,重力レンズ解析から得られた宇宙モデルへの制限(信頼度 95%).図の示す位置によって,宇宙での物質の集まり具合が変わってくる.青が従来使われてきた基本的な統計量を用いた場合,赤は白崎氏の研究で着目した物質分布の幾何に関する量を用いた場合,緑は両者の組み合わせから得られる宇宙モデルへの制限を表す.(©白崎正人)
図2(右): カナダ・フランス・ハワイ大学望遠鏡重力レンズサーベイによるデータと,フェルミ衛星によるガンマ線観測の解析から得られた暗黒物質の対消滅への上限(信頼度 68%).暗黒物質対消滅の反応断面積が大きいほど,対消滅しやすいということを表す.赤は暗黒物質がタウ粒子/反タウ粒子だった場合,緑は暗黒物質がボトムクオーク/反ボトムクオークだった場合の反応断面積の上限を表している.黒の点線は,観測から求められた現在の暗黒物質量から示唆される対消滅反応断面積である.(©白崎正人)

 白崎氏のこれらの研究は,いまだ謎が多い暗黒物質や暗黒エネルギーの正体にせまる新しい手段です.現在大規模に進められている観測のデータに適用することで,私たちの宇宙の姿が明らかにされることが期待されます.白崎氏は今回の受賞について,次のように語っています.
「この度は井上研究奨励賞をいただきまして,大変光栄に存じます.博士課程時代にご指導いただきました東京大学の先生がた,また共同研究者の皆様に深く感謝いたします.特に,博士課程での指導教員である吉田直紀教授には魅力ある研究テーマを紹介していただき,さらには研究内容の物理的な考察,解析手法,研究方針にいたるまで,多くのことを指導していただきました.この場を借りて,厚くお礼申し上げます.本研究内容は,すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam(ハイパー・シュプリーム・カム,HSC)を用いた銀河撮像観測を念頭に置き,約 5 年前にスタートしました.現在博士論文の内容をさらに進展させた解析を,HSC データに適用している最中です.今回の受賞をさらなる励みにし,我々の宇宙の大半を占める暗黒成分の謎の解明に向けて,今後とも研究活動に邁進する所存です.」

 井上研究奨励賞は,理学,医学,薬学,工学,農学等の分野で過去 3 年間に博士の学位を取得した 37 歳未満の研究者で,優れた博士論文を提出した研究者に対し贈呈されます.



■田中雅臣 助教 「重力波源の電磁波対応天体の同定と元素の起源の解明」

 2015 年 9 月にアメリカの重力波望遠鏡 Advanced LIGO がブラックホール合体からの重力波を世界で初めて捉え,ついに重力波天文学の幕が開けました.今後、他の天体現象からの重力波の検出も予想されており,中でも期待されているのが中性子星同士の合体です.この現象は金やプラチナのような重元素の起源として有力視されており,重力波観測と電磁波観測をあわせた「マルチメッセンジャー天文学」によって,重元素が生まれる瞬間が捉えられることが期待されています.
 田中氏の研究対象は中性子星合体や重い星が一生の最期に起こす超新星爆発などの宇宙の爆発現象です.これまでに田中氏は,超新星爆発の光学特性をシミュレーションによって明らかにし,その結果をもとに爆発の瞬間をとらえるべく広域探査観測をおこなってきました.さらに田中氏は超新星爆発と中性子星合体の類似性に着目し,数値シミュレーションから中性子星合体から放出される電磁波の特徴を導き出しました.この結果は今後検出が期待される中性子星合体の電磁波観測のための重要な指標となっています.


図3(左): 中性子星同士の合体で放射される電磁波のシミュレーション.合体時に放出された物質中で重元素の合成が起こり,放射性元素の崩壊エネルギーによって輝くと考えられている.この計算から,中性子星の合体時は主に赤い可視光線から近赤外線で明るく光ることが示された.(©田中雅臣,国立天文台天文シミュレーションプロジェクトのスーパコンピュータ「アテルイ」を用いて行ったもの)
図4(右): 2015 年に直接検出された 2 つの重力波源の到来方向.重力波望遠鏡だけでは正確な位置を決めることができないため,電磁波で対応天体を検出することが望まれている.J-GEM グループにより両重力波源の精力的な追観測が行われた.(©LIGO/Axel Mellinger)

 今回,田中氏が行ってきた重力波天体探査の基盤となる重要な研究成果が評価され,さらに今後の研究が人類の知見を大きく飛躍させる可能性が期待されるとして,井上リサーチアウォードが贈呈されました.今回の受賞に関して,田中氏は以下のように話しています.
「井上リサーチアウォードをいただき,大変光栄に思います.これまで重力波天体の電磁波放射に関する研究を一緒に行ってくださった共同研究者の皆さんに感謝いたします.また,重力波天体からの電磁波を捉えるという非常にチャレンジングな観測テーマを一緒に推進している J-GEM**グループの皆さんに感謝いたします.重力波天体を電磁波で同定することができれば,宇宙における重元素の起源に迫ることができるかもしれず,非常にワクワクしています.これから,数値シミュレーションによって重力波天体からの電磁波放射をより詳しく理解するとともに,すばる望遠鏡などを用いた重力波天体の広域探査を推進していきたいと思います.」

** Japanese collaboration for Gravitational-wave Electro-Magnetic follow-up



 井上リサーチアウォードは,自然科学の基礎的研究で優れた業績を挙げ,さらに開拓的発展を目指す若手研究者の独創性を育み,自立を支援することを目的とし,博士の学位取得後 9 年未満の研究者に対して贈呈されます.



井上科学振興財団


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